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歯科医師が経営者として備えるべきリスクと保険の役割

㈱ジャパンデンタル
管理部兼融資部兼企画本部
調査役 大德 凌
 
 

1.はじめに

歯科医師は、高度な専門性と技術を要する医療職であり、患者の健康を守る重要な役割を担っています。しかし、歯科医師の多くは診療だけでなく、医院という事業体の経営者でもあります。診療技術の向上はもちろん重要ですが、それだけでは医院は成り立ちません。
医院経営には、財務管理、人材育成、法務対応、設備投資、マーケティングなど、極めて多岐にわたる業務が伴います。そして、経営には常にリスクがつきものです。突発的な事故や病気、災害、法的トラブルなど、医院の存続を脅かす事態は、いつ起こるかわかりません。
こうしたリスクに対して、事前に備える手段の一つが「保険」です。本コラムでは、歯科医師が経営者として考えるべきリスクと、そのリスクヘッジとしての保険の役割について、体系的に解説します。

 
 

2.歯科医院経営の現実と責任

歯科医院の経営は、単なる診療の延長ではありません。以下のような業務が日常的に発生します。
 
① 財務管理:収支のバランスを取り、資金繰りを安定させる
② 人事・労務管理:スタッフの採用、教育、評価、労働環境の整備
③ 設備投資と維持管理:医療機器の導入、更新、メンテナンス
④ 法務・コンプライアンス対応:医療法、労働法、個人情報保護法などへの対応
⑤ 集患・広報活動:地域との関係構築、SNSやWebサイトによる情報発信
 
これらはすべて、診療とは別の「経営者としての責任」です。特に開業医の場合、これらの業務を一人で担うことも多く、精神的・時間的な負担は非常に大きいものです。

 
 

3.経営に潜むリスクとその影響

歯科医院経営には、以下のようなリスクが存在します。
 

(1)物理的リスク

火災、地震、水害、盗難などによって医院が損壊した場合、診療の継続が困難になります。設備の復旧には多額の費用がかかり、営業停止による収入減も避けられません。
 

(2)人的リスク

院長自身が病気やケガで診療できなくなった場合、開業医であれば即座に収入が途絶えます。勤務医であっても、長期休職による給与減少や雇用契約の見直しが発生する可能性があります。
 

(3)法的リスク

治療ミスや説明不足などにより、患者から損害賠償請求を受ける可能性があります。訴訟対応には時間と費用がかかり、精神的な負担も大きくなります。
 

(4)経営者の死亡・重度障害

院長が突然亡くなった場合、医院の事業承継や清算、家族の生活保障など、複雑な問題が一気に顕在化します。
 
これらのリスクは、医院の存続だけでなく、スタッフの雇用、患者の治療継続、家族の生活にも直接影響を及ぼします。

 
 

4.リスクヘッジとしての保険の役割

こうしたリスクに対して、保険は「経営リスクに備える制度」として機能します。以下に、歯科医院経営において特に重要な保険の種類と、それぞれが備えるべきリスクについて紹介します。
 

(1)店舗総合保険

備えるべきリスク:
火災や自然災害、盗難などによる医院の損壊や設備の破損。これにより診療が停止し、収入が途絶えるだけでなく、復旧費用が経営を圧迫する事態。
店舗総合保険は、こうした物理的損害に備えることで、医院の資産と診療体制を守る役割を果たします。
 

(2)所得補償保険

備えるべきリスク:
病気やケガによって診療ができなくなった際の収入途絶。開業医であれば、収入が止まっても賃料やスタッフ給与などの固定費は継続して発生し、事業継続が困難になる可能性があります。
所得補償保険は、就業不能期間中の資金を確保し、療養に専念できる環境を整えることで、事業の継続性を確保します。
 

(3)医師賠償責任保険

備えるべきリスク:
診療行為に起因する患者からの損害賠償請求。訴訟対応や賠償金の支払いは、医師個人の財務・精神面に大きな負担を与えます。
医師賠償責任保険は、こうした法的リスクに備えることで、安心して診療に取り組むための土台を築きます。
 

(4)生命保険

備えるべきリスク:
院長自身の死亡や重度障害によって、医院の継続が危ぶまれる事態。事業承継が未整備であれば、医院の清算やスタッフの雇用、家族の生活保障に深刻な影響を及ぼします。生命保険は、万が一の際に残された家族や医院の関係者が経済的に困窮しないよう、資金的な支えを提供する制度です。特に開業医にとっては、事業の継続や清算、遺族の生活資金の確保など、経営者としての責任を果たすための重要な備えとなります。
 
このように、保険はそれぞれ異なるリスクに対応する役割を持ち、歯科医院経営の安定性を高めるための不可欠な制度といえるでしょう。

 
 

5.ライフステージごとに変化するリスクと備え

歯科医師のライフステージによって、リスクの内容と備え方は変化します。
 

(1)若年期(20代〜30代)

開業準備、結婚、住宅購入、子育てなど支出が増える時期。貯蓄が十分でないことも多く、突然の収入途絶は生活基盤を揺るがします。
 

(2)中年期(40代〜50代)

住宅ローンの返済に加え、教育費がピークを迎える一方で、健康面の不安も増加。就業不能による収入減少は家計に大きな影響を与えます。
 

(3)高年期(60代〜)

現役で働く歯科医師も多いですが、加齢に伴う健康リスクは高まります。長く働き続けるためには、継続的な補償制度が心強い支えとなるはずです。

 
 

6.公的制度の限界と民間保険の必要性

日本の公的医療保険制度には、傷病手当金や高額療養費制度などがありますが、これらはあくまで最低限の補償にとどまります。特に開業医は傷病手当金の対象外であり、生活費や収入の補填には対応していません。
そのため、収入の途絶に備えるには、民間の所得補償保険などを活用することが不可欠です。

 
 

7.経営者としての覚悟と備え

歯科医院の経営は、診療技術だけでは乗り越えられない困難が数多くあります。経営者としての覚悟とは、「最悪の事態を想定し、それに備えること」です。
保険は、経営の不確実性に対する「確実な備え」であり、医院の持続可能性を高めるための戦略的ツールです。診療に集中できる環境を整えるためにも、保険の活用は経営者としての重要な判断の一つです。

 
 

8.おわりに

歯科医師が医院を経営するということは、医療の専門家であると同時に、経営者としての責任を負うことを意味します。診療技術の向上と並行して、経営リスクへの備えを講じることは、患者・スタッフ・家族を守る行動でもあります。
火災や災害、病気やケガ、医療事故、死亡など、さまざまなリスクに対して、保険は「経営リスクに備える制度」として機能します。店舗総合保険、所得補償保険、医師賠償責任保険、生命保険などを適切に活用することで、これらの備えを通じて、安心して診療に集中できる環境を整えていきましょう。
 
経営の不安を軽減し、安心して診療に専念できる環境を整えるためにも、保険の活用を経営戦略の一環として位置づけてみてはいかがでしょうか。
 
以 上

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