取締役営業本部長兼福岡支店長
中静隆秀
歯科医院の経営とは何が成功なのか?どうしたら成功するのか?歯科医院の経営者が常に考えておかなければならない難しい課題です。どんな企業であっても最初に経営を考える上でどうしても把握しておかなければいけない基本は、マーケット動向です。では現在の日本を取り巻く歯科マーケット環境はどうなっているでしょうか?
また、今後はどうなるのでしょうか?大まかに言えば、今の歯科マーケットは、供給者である歯科医師数は10万人を超え、歯科診療所の開業も都市部に集中傾向で歯科診療所数は6万8千件程度、一方、需要者である国民(患者)は少子化による人口減少及び人口構造変化が進行しており、国民(患者)の医療や介護等のニーズ多様化に伴い、社会的・経済的変化及び歯科治療技術もすさまじい速さで進化している状態です。例えば、歯科医院の売上に関する請求・会計・予約方法も30年前に比べて歯科医院は大きく変化しました。手書きのレセプト請求からレセコン打込み、打出しのレセプト請求、今ではカルテ作成からレセプト請求までが自動化され挙句の果てにはオンライン請求、会計は現金ではなく「キャッシュレス」、患者予約はスマホで「ウェブ予約」といった変化を辿っています。
PDF:「歯科医師の資質向上等に関する検討会」中間報告書
そんな中、平成29年12月25日付で厚生労働省の「歯科医師の資質向上等に関する検討会」が中間報告として「歯科保健医療ビジョン」を提言しました。この中で日本の人口動態は今後20年の間で大きく変化。(少子化で生産人口が大きく減少して行く上に2040年をピークに高齢者人口も減少していくという状態)
この事が歯科保健医療の需要に関して、大きく影響を与えると提言しています。これからの歯科医院はもちろん歯科医師・歯科衛生士・歯科技工士等の医療従事者は国民(患者)のライフステージにおいて必要な歯科保健医療の提供を行わなければならないとしており、例えば小児であればう蝕等の軽症化に伴う予防の充実と食べることを含めた口腔機能の成長発育の視点を必要とし、成人では歯周病等の予防・重症化予防に加え機能回復の視点を必要としています。また高齢者は根面う蝕や歯周病の予防・重症化予防に加えて機能回復の視点とフレイル(加齢と共に心身の活力(筋力や認知機能等)が低下し生活機能障害、要介護状態、そして死亡などの危険性が高くなった状態)に対する食支援等の日常支援の視点も必要になるとしています。
さらに、各ライフステージにおける効果的な歯科保健医療を提供するため信頼性の高いエビデンスに基づいた治療技術が重要であることも特に強調しています。「歯科保健医療ビジョン」では各地域における歯科医療と医療、介護分野等との連携を特に強調しています。そのための第一歩として歯科医院の施設基準を設け、その基準により保険点数にも差がつけられています。
こうした歯科医院の動向を踏まえた上で、これらの経験の中から私が考える歯科医院成功の4つの大切なことについてお話ししたいと思います
① 歯科臨床スキル
これは、言わずもがな歯科医師たるもの当然のことなのでしょうが、患者立場で言うと表面麻酔だけで、「この先生は上手い!」「麻酔が痛くない!」となったり、歯を削る音、振動、薬品の臭いの苦手な患者の「対応の仕方が上手い」、患者に触れる歯科医師の「手の感触が優しい」と感じたりすると『この先生は腕が良い!』になってしまうものです。
また、最近の患者の歯科医師への「期待の視点」は、「状態説明」「情報提供」から消毒滅菌、予防、矯正、審美、インプラント、入れ歯、訪問・往診対応等々多岐に亘っており、そもそも能力不足、知識不足、情報不足ではこれからの歯科医院経営の成功はないと言えます。基礎的な治療技術や知識はもちろんのこと、さらに自身の思い描く歯科医師としての将来像に向けて、必要な専門知識や技術、先進医療への学習と修練は生涯必要です。「歯科臨床スキル」は歯科医師として、歯科医院を経営していく上で必須の一つです。「患者を治してあげる」、治すために必要な知識と技術は歯科医院経営成功の礎です。
② スタッフとの関係
現在はスタッフ教育への成功の道は医院内だけでは解決できないところまで来ています。猫の手もかりたいほど忙しいので闇雲に人を採用して、猫が化け猫になり、それまで維持していた院内の雰囲気と患者対応が悪くなり失速した歯科医院がいくつもあります。そのような状態になると立て直すためには時間と費用が無駄になってしまいます。良い歯科医院に行けば「システム」があると言います。
(人材、マニュアル、時間)良い歯科医院には優秀な人材が集まり、そのような優秀な人材(元々モチベーションが高い)を入れることによってスタッフの教育は必要がない程です。そもそも優秀な人材は、自分たちで学習・練習し「歯茎を見る目」を持っています。歯科衛生士さんの目標は「歯周病が治せるようになりたい」です。院長がもし歯周病に詳しくないのであれば、当然重度の歯周病が治せる訳はありません。優秀な歯科衛生士が入ってきても使いきれないはず。
なんのために歯科衛生士を採用するのですか?前述している「歯科保健医療ビジョン」では、どの患者のライフステージにおいても歯周病の予防に関しての対応がこれからの歯科医院にとって重要であると提言しています。予防歯科への取組には歯科衛生士が必須なのです。
結局、スタッフ採用、スタッフ教育、労務管理はその歯科医院の院長次第、院長と歯科衛生士、その他スタッフの目指す方向=「患者を治すということ」が大切であり、同じ方向を目指すことが大切です。一昔前の院長が考えているようなスタッフ=部下、人を従えるという感覚であれば、もうスタッフはついてこない時代で、たとえついてきていたとしても型通りの勤務で向上心もなく、患者への思いやりがある対応をスタッフはするはずないのです。患者さんを幸せにできない歯科医師はスタッフを大切にしないし、スタイルを変化させない歯科医師に成功はないのです。
③ 患者とのコミュニケーション
患者はそもそも歯を病んでいた状態や口腔内のことで悩んだ状態で、プロである歯科医師や歯科衛生士のアドバイスや相談・指導・治療を受けに歯科医院に来院してきます。痛いから治したいという患者だけであった時代から大きくパラダイムシフトしています。最近はデンタルIQが高くなり口腔内への意識が強くなったと言われ、8020運動のおかげか、う蝕率が下がったという情報が流れています。
しかし、まだ日本人の多くは口腔内に色々な悩みがあったとしても、歯茎から血が出ていても、それが「重篤な病気の始まり」「重篤な病気」であるという意識はありません。「死」に直結する病という認識がありません。これらの意識に真っ向向き合って「治す」ために悪戦苦闘している歯科医療従事者に私は尊敬と敬意の念を強く抱きますが、患者は我儘で自己中心的な考えをもって歯科医院に来院します。
自分が病気であるという意識を持って来院する患者は少ないのです。そんな意識であるにも関わらず、歯科医院へ来院を決意する事はショッピング、娯楽、美容に比べて、プライオリティは低く重篤な状態(歯がぐらぐら、穴が開いてから、歯茎が腫れてから、痛くなってから)になってから来院します。そして、良い歯科医院・悪い歯科医院の品定めを手軽にインターネットで行います。
「歯科医院の選択手段」も昔とは大きく変化してきており、住んでいるところから近いとか職場から近いからという時代から口コミ、評判、院長の顔、院長の経歴、心情、信条、歯科医院のコンセプト、スタッフ構成、標榜、歯科医院の設備、治療実績等々、情報を収集した上で来院先を決めます。このような情報強者を相手に、初対面からコミュニケーションをとること(大変さは筆舌に尽くしがたいのですが)は、今の歯科医院、歯科医師、歯科衛生士、助手、受付に至るまで大変「重視」しなければいけないことです。
私はコミュニケーションの基本は人の話を「聴く」こと、人の話を「聴く」ことの「難しさを知る」ことだと考えています。
④ お金のマネジメントができること
収支は複雑な計算方法で課税所得や所得税・住民税が算出されるわけではなく、単純に売上から経費を引いて利益を確定させ税率をかけ税金を算出、課税所得から税金を引いた分がサラリーマンで言う手取り(可処分所得)になるというだけの事です。
ただこれだけの事なのですが、サラリーマンとの大きな違いは「経費」です。「経費」、サラリーマンには「給与所得控除」というものがあり、年収に応じて一定の金額が必要経費として所得から差し引かれることになっています。では、歯科医院はどうなのか?収入は保険収入(窓口現金、社保・国保からの診療報酬請求金額に応じた振込)自費(現金、クレジット会社からの振込)その他(オーラルケアの販売代金、金属廃棄物に伴う金属代等)があり、自費の収入が多ければ消費税が絡んできたりします。
経費も人件費、利子割引料、水道光熱費、家賃、減価償却費等々勘定科目が多く、仕訳作業が大変です。歯科医師が仕訳作業後の勘定科目の科目それぞれの金額まで把握すべきであるという厳しい税理士もおりますが、私は、そこまでの必要性を感じません。但し、どんな経費においても費用対効果を考えていただきたいです。売り上げに対して何パーセントなのか?、歯科医院指標と比べてどうなのか?、前年と比べてどうなのか?この程度の確認は最低限していただきたいと思います。そして、更に重要な事は手取りの使い道です。
よく私は「アリとキリギリス」の話をしますが、爪に火をともしながら質素な生活をなんてことは言うつもりはありません。もちろん、パーっと使って世の中に金を回せともいうつもりもありません。これも単純なことですが、2つの経営を考えてマネジメントすることです。
①歯科事業経営では、歯科用機械設備は永遠に使用できるわけではありませんし、事業資産が増えるとそれを維持するための税金もかかります。一方、②家計経営では、ご子息、ご息女ができたのであれば養育費、教育費がかかります。扶養する家族が多ければその分の費用も掛かり、老後の資金も必要になります。当然、自宅を持つと歯科事業経営と同じように維持するために税金がかかります。売上から経費を引いた課税所得に税率を掛け、税金を差し引いた利益の中から、更に将来の支出を予測し貯蓄を行い、その「将来の予定支出」に対応できるかどうかが、お金のマネージメントだと私は思います。また、「将来の予定支出」に対応できることが「成功」なのかもしれません。言い換えればお金に無頓着では「成功」しませんよ!ということです。
最後に・・・
「歯科医院の経営に対して大切なこと」4つの要点を上げさせていただきました。文章にすると簡単そうに思えることも、やはり十人十色でなかなか実践できないでいる、実践できていたとしても成果が出ないという先生方も沢山います。どんな経営も「ブレないこと」「ちゃんとやろう」です。