㈱ジャパンデンタル
執行役員企画本部長兼システム部長
入江 英之
歯科医院を開業される前に、借入による賃貸不動産投資をされている先生方が少なからずおられます。その中でもマンションの1室を、それを複数購入されている方もおられます。歯科医院専門のコンサルティング会社の視点から、投資の賛否についての解説をしたいと思います。
結論として、借入による賃貸不動産投資は慎重になるべきです。特に開業前においてはより慎重になることが必要です。
理由は、「賃貸不動産投資は難しい」ことに加え「良質な投資物件には簡単に巡り合えない」ことから、投資に成功している事例が極めて少ないからです。また、ここが最も重要なところですが、「歯科医院開業の借入審査に影響する」からです。
1.賃貸不動産投資は難しい
歯科医師という社会的信用度の高さからくる借入のしやすさと購入のしやすさから、比較的簡単に借入による賃貸不動産投資に手を出すことはできるでしょう。目的は資産形成や節税対策であったり、あるいは誰かに勧められたからかもしれません。
しかし、借入・購入のしやすさと投資の成功のしやすさとは全く別物で、素人が片手間でやって成功できるほど簡単なものではありません。また、投資に失敗した場合に撤退がしにくいことも、十分に考慮しておく必要があります。
特に昨今流行りの(ワンルーム)マンションの1室購入の投資は最も難易度が高いと言えます。
賃貸不動産投資の成功とは、「長期的に資金繰りと収益(収支)がプラスであり比較的安定している状態に加え、資産価値が総投資額を上回っている状態」を言います。成功するためには相応の知識と経験を要しますが、開業前の勤務医期間(あるいは修行期間と言ってよいかもしれません)や技術アップのための研修などで多忙な先生方に、また、開業後も経営を軌道に乗せるために夜間や休日の時間を削って診療されている先生方に、果たして投資の知識と経験を得るための気力と体力それと時間を捻出することはできるのでしょうか。
以下に賃貸不動産投資に必要な視点と知識を簡単に述べますが、あくまで最低限のレベルですので、投資を確実に成功させるためにはもっと深いところまで知っておく必要があります。以下は東京都内およびその近郊をイメージしての賃貸マンション(アパートを含む)投資の一般論ですので、都心の大型オフィスビルやニッチなマーケットを狙う場合などは違うと言った批判はご容赦ください。
(1)立地の視点と目利き
都市部かどうか、ターミナル駅か、駅からの距離は徒歩10分以内か(10分超えると需要が下がる、できれば5分以内)、近隣の環境(買い物、病院、風紀、昼と夜の違い、企業や大学といった需要など)はどうか、都心ターミナル駅までの通勤・通学時間はどうか、将来に資産価値が下落する可能性はあるか(隣地に高層ビルの建設、道路拡張計画など)など。
(2)物件の視点と目利き
築年数、階層・構造、間取り、設備、物件の状態はどうか。すなわち新築か築浅か、構造による耐用年数はどうか、階数や広さはどうか、ワンルームかファミリータイプか、専有内外の設備、物件の状態はどうかなど。
(3)資金繰りと収益(収支)の見通し
資金繰りと収益(収支)において、10年、20年、30年といった長期的な見通しが必要となります。まず、購入物件単体で資金繰り(キャッシュフロー)がプラスであることが大前提です。加えて、表面利回り(※1)ではなく、実質利回り~NOI利回り(※2)~で見ることが必要で、今の不動産市況では5%以上欲しいところです。
※1 表面利回り(%)=年間満室時家賃収入÷不動産の価格×100
※2 NOI(ネット・オペレーティング・インカム)利回り(%)=NOI(年間家賃実収入−年間支出)÷取得価格(不動産の価格+購入時の諸費用)×100
収入においては、将来の長期にわたっての家賃に関するリスク(空室、値下がり、滞納、借り手とのトラブルなど)を考慮しておく必要があります。新築物件で満室想定であっても、あるいは居抜き物件で満室であっても、必ず空室リスクを考えることが必要です。どこまで考えれば十分かの正解はありませんが、例えば家賃収入に対して83%の掛け目(10/12ヶ月で2ヶ月の空室もしくは年間空室率17%の設定)で資金繰りや収益(収支)がどうなるかを試算してみるといったやり方があります。
家賃に関するリスクや面倒な管理を排除するために、サブリースを利用することがありますが、貸主(所有者)に極めて不利な契約内容であったり、簡単にサブリースが解約できない場合であったり、あるいは物件売却に支障をきたすケースも散見されます。サブリースの利用にあたっては、法的知識を持ったうえで契約内容を十分に確認する必要があります。
収入における上記のリスクだけでなく、支払いに関するリスク(補修・修繕費用、借入金利の上昇リスクなど)も考慮しておく必要があります。設備の補修・修繕費用は貸主(所有者)の負担となりますし、マンションであれば一般的に10年、20年、30年と大きな補修・修繕が必要となり、年数が経つにつれ金額も大きくなります。金利も政府と日銀の政策、そして市場が10年、20年、30年先にどうなるかを正確に見通すことはほぼ不可能です。そのため、ある程度の金利上昇リスクを考慮しておく必要があります。
(4)出口戦略
所有する土地に建物を建設する場合や土地建物を一棟買いする場合を除けば、マンションであればワンルームであれファミリータイプであれ、一般的には余程のインフレか上昇事象がなければ、経過年数とともに徐々に賃料の低下と資産価値の低下が起こります。そのため、どこかの時点で売却することを検討するべきであり、例えば、補修・修繕費用が増えてくる10年経過前とすることも一つの考え方です。
好条件でスムーズに売却できるかは、先に述べた購入時点での立地と物件の目利きができていたかがポイントとなり、ここで売却損が出るようであれば、それまでの収益(収支)の累積額にもよりますが、投資に成功したとは言えません。
売却における物件の評価は、主なところで収益還元評価法、積算評価法、取引事例評価法といった方法があります。本来的には賃貸不動産は収益還元評価法で評価されるべきで、その評価法の方が価格が高く出るのですが、実際はマンションの1室の投資・売却が多いこともあり、かつ売却時には収益物件とは見なされないこともあって、積算評価法(土地と建物の時価)で評価されて売買されることがほとんどです。つまりこの現実だけを見ても資産価値は下落していくと言えます。
2.良質な投資物件には簡単に巡り合えない
新築購入をされる割合が多いのですが、新築は購入後に販売業者利益分は確実に評価減します。土地を所有していて新たにマンションを建てる場合は少し事情が違いますが、「自分が住む住宅として新築が良い」との感覚で投資物件、特にマンションの1室を購入してしまうと、買った途端に含み損です。よく自分の住みたい物件を買えと言いますが、ある意味正しくある意味間違いです。
1棟の中古物件で既に入居者、テナントが入っている状態の居抜き物件の方が投資成功率が上がり、長期資金繰りの見通しも立ちやすいのですが、中古の利回りの良い物件が素人に回ってくることはまずありません。そのような良質物件は不動産を本業でやっている事業家や投資家、資産家へ回ります。もし素人に回ってくることがあれば、逆に疑いの目で見た方がよいかもしれません。
3.歯科医院開業の借入審査に影響する
歯科医院を開業するにあたっては、昨今の物価高の影響もあって千万円台後半から1億円程度の設備投資・費用を必要とします。
そこに賃貸不動産投資による借入が既に千万円単位もあり、しかも投資物件への資金補填が必要な状態となると、当然に歯科医院開業の借入審査はその分厳しくなります。
投資の失敗(=借入過大となり資金補填が必要)がそこだけに留まらず、先生方の夢であり本業である歯科医院開業に影響するとなると、借入による賃貸不動産投資に対する見方や考え方も変わってくるのではないでしょうか。歯科医院専門のコンサルティング会社の立場としては、借入による賃貸不動産投資は慎重になるべきと助言するでしょう。
~ 雑談 ~
もし仮に1億円があるとして、事業としての賃貸不動産投資を行うとすると、みなさんはどうしますか? 1億円で1億円の物件を1棟買いますか?
それは間違いではありませんが、事業家は1千万円を頭金に9千万円の借入をして(レバレッジを効かせるなんて言い方をしますが)、1億円の物件を10棟買います。そして借入返済が進むとそれらの物件を担保に新たな物件を購入します。そうやって不動産事業を拡大していきます。
同じ賃貸物件であっても(どれも同じ良質物件との前提ですが)、部屋数10戸よりも100戸の方が、数が多いほど資金繰りは安定し収益(収支)は拡大します。もちろん投資に失敗した際の損失額は桁違いに大きくなりますが。このようにやるのが賃貸不動産の事業家であり、このような人たちに良質物件が集まってきますので、素人に回ってくることはまずありません。
それでも借入による賃貸不動産投資をされたい方は、投資にかかる気力と体力それと時間、さらには借入金を含む財力をどの程度投入できるのか、言い換えればどこまでのリスクを抱えることができるのか、歯科医師としてのご自身の人生プランやライフステージとも照らし合わせて、慎重に検討された方がよろしいかと思います。
以 上